介護の現場から:「ものを盗まれた」と訴えるもの盗られ妄想

認知症の症状の一つに「もの盗られ妄想」があります。大切にしていたはずの財布や通帳などが「ない」と、「〇〇さんに盗まれた」と身近な方を疑ってしまう症状です。介護されているご家族にとっては、疑われることへの悲しさや対応への戸惑いを感じるかもしれません。今回は、もの盗られ妄想への理解を深め、具体的な対応のヒントをお伝えします。



■接し方の基本

もの盗られ妄想は、単なる物忘れとは異なります。認知症による記憶障害が根底にあり、物を置いた場所を忘れてしまった事実を認識できず、「誰かに盗られた」という思い込みに至るのです。背景には、大切なものを失うことへの不安、孤立感、あるいは過去の経験などが複雑に絡み合っている場合があります。

最も大切なのは、本人の訴えを頭ごなしに否定しないことです。「そんなはずはない」「自分でしまったんでしょ」といった否定的な言葉は、本人をさらに混乱させ、不安や怒りを増幅させる可能性があります。また、「犯人は誰か」と一緒に追求したり、無理に説得しようとしたりするのも避けましょう。

まずは、「物がなくなって心配ですね」「大変でしたね」と、本人の不安な気持ちに寄り添い、共感する姿勢を示すことが重要です。本人は、物がなくなったという「事実」と、それに対する不安や恐怖を強く感じています。その感情を受け止めることで、少しずつ落ち着きを取り戻し、介護者への信頼感を繋ぎとめることができます。安心感を与える関わりが、妄想を和らげる第一歩となります。


■具体的な対応例

 

実際に「盗られた」という訴えがあった場合、どのように対応すればよいでしょうか。


・共感し、一緒に探す姿勢を示す
まずは「それは心配ですね。大切なものですものね」と気持ちを受け止めます。その上で、「どこに置いたか覚えていますか?」「もしかしたら、どこか違う場所に置いたのかもしれませんね。一緒に探してみましょうか」と提案します。介護者が落ち着いて対応することで、本人の興奮も少しずつ収まることがあります。

・本人が見つけられるように誘導する
探し物をする際は、本人が普段よく物を置く場所や、しまい忘れそうな場所を中心に探します。もし介護者が見つけたとしても、「私が探しました」と言うのではなく、「あら、こんなところにありましたよ」と、本人が自分で見つけたかのように演出するのがポイントです。これにより、本人の自尊心を保ち、「見つかって良かった」という安心感に繋げることができます。

・さりげなく目につく場所に置く
どうしても見つからない場合や、本人が探し疲れてしまった場合は、一度話題を変えて気分転換を促しましょう。そして、本人が見ていない隙に、さりげなく目につく場所に置いておくという方法もあります。ただし、これを頻繁に行うと、かえって不信感を招く可能性もあるため、状況を見ながら慎重に行いましょう。

 

・環境を整える
普段から物の置き場所を決めておくことも有効です。特に財布や鍵など、本人にとって大切なものは、定位置管理を心がけましょう。透明なケースに入れる、目立つ色の財布にするなど、視覚的に分かりやすくする工夫も役立ちます。場合によっては、本人の同意を得た上で、ご家族が管理することも検討しましょう。


■より良いかかわり方のヒント

 

もの盗られ妄想への対応は、その場しのぎだけでなく、日頃からの関わり方や環境を見直すことも大切です。


・本人の性格や生活歴を理解する
もともと心配性な方や、物をきっちり管理したいという性格の方は、もの盗られ妄想が出やすい傾向があるかもしれません。また、過去に実際に盗難被害に遭った経験などが、妄想の引き金になることもあります。本人の人生背景を理解することで、訴えの裏にある感情を推し量るヒントになります。

・コミュニケーションを見直す
普段から本人の話を傾聴し、意思を尊重する姿勢で接しているでしょうか。忙しさから話を遮ったり、指示的な口調になったりしていないか、振り返ってみましょう。信頼関係が築けていれば、妄想が出た際にも、比較的穏やかに対応を受け入れてもらいやすくなります。

・健康状態への配慮
視力や聴力の低下が、周囲の状況誤認に繋がることがあります。また、体調不良や痛み、睡眠不足なども、不安感を増大させる要因となります。必要であれば、かかりつけ医に相談し、健康状態の改善を図ることも重要です。



認知症の方のもの盗られ妄想への対応は、ご家族にとって精神的な負担が大きいものです。すぐに効果が現れなくても、根気強く、本人の気持ちに寄り添い続けることが大切です。対応に困ったときや、介護者自身の心身が疲弊していると感じるときは、一人で抱え込まず、地域包括支援センターやケアマネジャー、かかりつけ医などの専門家や、家族会などに相談してください。(スタッフ:たか)